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なにかがファーストになる【森博嗣】新連載「道草の道標」第2回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第2回

 

【森林庭園で遊ぶ毎日】

 

 これを書いているのは6月上旬。ようやく、樹々の葉が広がり、庭園の全域が木陰になった。だから、6月は5月よりも涼しい。涼しいというよりは、むしろ寒いに近い。朝は暖房が必要だし、犬の散歩にはダウンを着ていくこともあるくらい。

 自然に包まれている感じが強調されて、気持ちが良いことは確かだけれど、しかし、これは自然ではない。僕は毎日草刈りをしているし、芝生には肥料を撒いている。奥様(あえて敬称)は、イングリッシュガーデンに心血を注いでいる。最近、これに長女も加勢して、2人で日々労働されている。僕は、庭園鉄道を維持するための整備・修繕をして、犬と一緒に機関車が引く列車に乗り、毎日ぐるりと庭園を1周(1周500m以上)か2周して見回っている。枯枝が落ちていたら拾い、秋は枯葉を集めて燃やす。地面は苔に覆われているけれど、これも、枯葉掃除をした結果である。つまり、人の手で維持された人工的な景観なのだ。

 日本人は、田舎の田園風景を「豊かな自然」などと愛でているけれど、農業は工業と同じく、自然を破壊して成り立っている。作物のためには日射が必要だから、森を伐採して開墾する。田に水を引き、雑草や害虫を排除している。明らかに自然ではない。

 日本の田舎の風景には、たいてい電信柱が写っている。どんな田舎へ行っても、電柱や電線が見えている。僕は、それらが写真に入るのが気になって、日本では風景写真を撮る気にならない。山に登るか、海の沖合まで出ていくしかないように思える。というか、本当の自然が残っている場所には、そもそも道がないから、そこへは行けないのだ。

 若者は、そんなことどうでも良い、と応えるだろう。写ってほしくないものは、消しゴムで削除すれば良いからだ。気に入らないものは自動的に遮断できるような環境が、実現しつつある。ただしそれは、自分にインプットされる情報が修正されるだけのことで、現実はなにも変化していない。簡単にいえば、嘘の社会で生きていくことと同じ。これこそが、究極の自分ファーストといえるだろう。

 僕は、自然が大好きだ、というわけではない。もともと都会育ちであり、どちらかというと人工物に興味がある。どこかへ旅行に出かけたときも、見たいものは建築などの人工物だった。また、嫌いなものを排除して、自分ファーストを貫くことも、けっして悪くはない。僕自身、人間関係が面倒だから、こうして社会から遠ざかっている。

 整理整頓をするのも自分ファーストだし、ボランティア活動などで弱者の手助けをするのも、結局は自分ファーストだと感じる。みんなが、自分が大事で、自分の理屈で生きている。そんなふうにしてみんなが自由に生きていける環境が、良い社会だと思う。問題は、それぞれが自分ファーストであることを自覚しているかどうか、である。「人のため」「子供たちのため」「日本の将来のため」という言葉で、自分ファーストを隠しているうちに、自己催眠にかかってしまい、自身の我儘さを忘れてしまう傾向があるから気をつけたい。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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